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退院後の母

日記
07 /01 2021
7月に入りました。

退院後の母はすっかりお嬢様になってしまいました。
入院時に発症したせん妄は一時的なもので、家に帰ると影を潜めて私も安心しましたが、車椅子の生活にすっかり慣れてしまい、以前は杖と手摺で何とか行けていたトイレや洗面所に行こうとしません。
ベットからリビングの椅子に移すと「タオルを絞ってきてくれる?」
軽く絞ったタオル、次に固く絞ったタオルで顔を拭くと(私が)次は「入れ歯がないと食べられん」
ジャバジャバと洗って「入れ歯までは付けてあげられんよ」と母に渡します。
一番の問題はトイレ。
あれこれと失敗もあり、朝に夕に洗濯機を回すこともありましたが、実は我が家にはずっとこの日を待っていたものがありました。
20年位前に足腰に痛みを感じ始めた母は、寝付く前に電動式ベットとポータブルトイレを準備しました。
私にも「仕事を辞めてくれんやろか?」と。
上司に相談し、そういう事情ならと了解も得ていました。
その後紹介してくださる方がおり、週に一度の首・肩・腰・膝の注射のための病院通いが始まりました。
その甲斐あってか、体の痛みが軽減し(注射で抑えて)以前通りの生活が出来るようになり、私も退職せずに無事定年まで勤めあげることが出来ました。

その時に買った電動式ベットは、その後祖母と父に大いに役立ち、今は母がその恩恵を受けています。
ただ、ポータブルトイレだけは誰をお世話することもなく、埃をかぶって母のベットの足元に埃をかぶったまま放置されていました。
この際これを使わない手はないだろうと、木製の重いポータブルトイレを何とかベットの枕元あたりに移動し、一度試しに使用したところすっかり気に入ってくれました。

このトイレの移動にはどれほど腰に負担がかかったことか。
それがなんと、本日ケアマネさん他介護にかかわる方の三者面談で来てくださったフランスベットの担当者さん(電動椅子・補助手摺などの)が「こうすれば楽に移動できますよ」と椅子の後ろに車が付いていることを教えてくださいました。
早く言ってよ~って、知らんわね。

コロナ以降、外出もままならないまま足腰だけが弱っていき、徐々に私では支えきれなくて入浴の介助をお願いし、手摺を増やしと生活が変化しても要支援1ではおかしいのではないかと思い始めてケアマネさんに連絡しました。
市役所の担当の方と面談をした結果いきなりの要介護3。
友人に言わせると、認知が入ってなくての介護3はかなりのもの。
これこそ「早く言ってよ~」と言いたいケアマネさん!
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これ、便座もあったかくて快適ニャン

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前を持ち上げれば楽に動くって、そりゃないでしょう~(ノ_<)

現在は週に二回山田リュウマチクリニックにリハビリに通い、知り合いのマッサージ師さんにも週に二度家に来て頂いています。
その甲斐あってか、洗顔と入れ歯挿入は自分で出来るようになりました。
入浴ももう一日増やしたいし、そうすると私は・・・と介護一年生はパニック寸前。
今日の面談で、デイサービスでのリハビリも視野に入れるとお風呂とリハビリがセットでやってくることに。
焦らずじっくり考えて、無理のない介護で楽しく暮らせるように頑張ります!!!!




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退院しました(パート4)最終章

日記
06 /07 2021
5月17日

それは一本の電話から始まりました。
「○○さんのご家族様ですか?」
「はい」
「娘さんですか?お母様と代ります」

「あんた。ちょっと来てくれる?私殺される」
電話口の向こうで声を潜めて喋る母の口からとんでもない言葉が。
正直来たかと思いました。
高齢者の生活が変わると、認知が始まることがあるのは珍しいことではないようだし、入院中に姑のせん妄が始まってね、という友人の話も聞いたばかり。
「どしたん?」
「ちょっと来て、恐ろしい」
看護師さんに変わったようで
「すみません、先生が病室を間違えられたようで・・・それしか考えられなくて」
「わかりました。ビールを飲んでるのでタクシーで行きます。少し時間がかかりますが」
「お願いします。正面玄関が開いていますから。エレベーターも動くようにしておきます」

この日ははなから面会は諦めていました。
入院生活を楽しんでいるかのような母の様子に安心していたし、手持ちの札も切れていたので。
面会出来ないで荷物の受け渡しだけをして帰る家族の姿も、一人や二人ではなく見ていたので、内心申し訳ない気持ちがあったのも事実。
というわけで夕方の面会はジュースやスイカを看護師さんに預けて帰ったのでした。
6時間ほど前の事で、今日は2敗目だと思っていたのですが。

兎に角速攻で駆け付け、病室に入り(こんな時でも用紙に署名をして)母に話を聞いてみると「男がパッと来てやったー!と言って出て行った。大声でワーワー泣いてやった」
そんなことを何度も繰り返して話す母の興奮状態はマックス!
少しずつ落ち着かせながら私の想像をプラスすると、夜の廻診が必要な患者さんがいて、担当の先生が母の部屋と間違えて入ってきた。
テレビで見るように母の顔を覗き込んで声をかけたのでしょう「○○さん」と。
安定剤を飲んでぐっすり眠っていた母は突然起こされ、自分の顔の真上に男の顔が覆いかぶさるように現れた。
吃驚した母と間違いに気づいた医師。
やったーと言うのは、多分若者が間違えた時に「やっちゃった(-_-;)」或いは「やっちまった」と言うあれかと。
何とか母を落ち着かせ、静かな寝息が聞こえたのが夜中の12時30分。

「落ち着いたようなのでこれで帰ります」と詰め所に声をかけ、私の動悸は収まらないまま帰宅しました。
この日はノーカウント

5月18日

昨夜あんなことがあったので、夕方の面会時間なんて待っていられないと10時前に病棟へ。
「面会は出来ません」と言う看護師さんに「昨夜呼び出されて、心配なのでその後どうなったか見に来ました」と言うと「あ、そうですか」と言う返事。
まだ引継ぎが出来てなかったのか?
別の看護師さんが現れ「昨夜は済みませんでした。こちらに記入して、病,室のほうへ」とやっと話が通じて病室へ。
「お母さん、気分はどう?よく眠れた?」と聞くと、「あんた昨日私はびっくりして、ワーワー泣いてやったんよ」とまだ興奮状態。
「そうらしいね、お医者さんが部屋を間違えたんだって」
「間違えたと言うても謝りもせんし、やったー言うて手を突き出して」
「そらいかんね、間違えたら謝らな」と調子を合わせていると「あんた、この部屋の壁は舞台みたいに回りよるね」と言い出しました。
「舞台?回りよらんよ」
「いいえ、壁がぐるっと回りよるよ」
そこへ看護師さんが「今から外来の診察に行きますが、一緒に行かれますか?」と言って入って来られました。
一緒と言うのは看護師さんに付き添われて、私も付いていくのかと思いきや「ではお願いします」と車椅子を渡されました(なんでやねん!)

兎に角歯科の診察室前で待つことしばし。
「○○さんどうぞ」と呼ばれて入っていくと「昨夜は済みませんでした。僕にも電話が入ったのですが、僕ではどうしようもなくて」
「いえいえ、先生が悪いわけでは」
「でも、吃驚したでしょう」
「それで先生、昨夜せん妄が始まったようで、このまま入院させておくのも心配なんですけど」と相談しました。
「そうですね、出来たら金曜日まで朝晩点滴して、それから退院と思っていたんだけど」
「点滴には連れてきますから」
「では、明日退院と言うことにしましょう」
と言うことで退院しました。
結局何勝何敗?

終わり(その後の事はおいおいと)

退院しました(パート3)

日記
05 /31 2021
5月15日

この日もリンゴを絞り、面会時間に病棟の詰め所に向かいました。
「こんにちは、○○の家のものですが」
「お荷物はこちらでお預かりします」
「ちょっとどんな様子か・・・」
「今はコロナでどなたも面会できないんです」
「・・・・」
「すみません、皆さんにお断りしているので」
「それではリンゴジュースと、下着とタオルを」
「はい、わかりました」
「・・・・宜しくお願いします」
会わずに帰るのは、車に気を付けてと言われながら帰るよりも辛い。
涙出そう。
やはりの1敗

5月16日

友人のMさんが「お母さんがちらし寿司好きだから作ってきた。それとケーキも作ったんだけど食べられるかなあ」と家に持って来てくれました。
「Mさん、折角の日曜日なのに申し訳ない。お母さんMさん家のちらし寿司が大好きだから喜ぶわ」
(この時なぜ写真を撮らなかったのか。今にして思うと私も平常心ではなかったようです)
彼女の手作り(多分お母さん)のちらし寿司とケーキ、ついでに数年物の梅ジュースを袋に詰め、いざ行かん母のもとへ!
ケーキはホールケーキで、食べきれる大きさではないけど、まずは母に見せて喜ばそうとそのまま持っていきました。

「こんにちは、○○の家のものですが」
「荷物があればお預かりします」
「これは私の友人が作って持ってきてくれたので、ちょっと説明したいのですが」
「私がお聞きしてお渡ししますから」
「実は手紙も入っていて・・・」
この日の関所はなかなか頑固で、1人たりともこの関所通してなるものかという気概が見て取れました。
くどくど説明し、しぶしぶ荷物を渡ししばし待機。

「喜ばれていましたよ。猫は元気か聞いてくれと仰ってました」
「猫は二人とも元気にしていると伝えてください。それと実は、最近母が家で寝ている時間が長くなり、腰や背中、踵のあたりも赤くなって、床ズレまではいかないけど予防に塗っているお薬があるのですけど。こちらでは大丈夫でしょうか」
「えっ、そうですか。どのお薬だろ・・・ではここに署名して、一緒に見て頂けますか」

これこそが私が準備していたこの日の奥の手。
諦めたと見せかけて次の一手を(爆)
何とかもぐりこんだ病室で看護師さんに薬を見せ「出来るだけ早く帰りますから」と、言うと「わかりました。では短い時間でお願いします」と言って退室していきました。

「どう?」
「入院してよかった、ここは皆が親切にしてくれて」
「ん?ここは皆が?
では何処で誰が?」
私は嫁ではないのでそこは聞き流して、Mさんから母に宛てた心のこもった手紙を代読し、ケーキカットもして、残りのケーキを持ち帰りました。
2勝目ゲッツ!
なんとか2勝1敗

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少し腎臓を患っているりんちゃん(薬の時間じゃないよね)
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以前のようにこ~ンな風にリラックスしたいよ~
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お母ちゃんの布団に誰もいないけど?(いつも母と一緒に寝てるそらちゃん)
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綺麗綺麗してお母ちゃんの帰りを待つことにするわ。





つづく(病院は至れり尽くせり)

退院しました(パート2)

日記
05 /26 2021
5月13日
入院当日、まずは診察室で、
「う~ん、顎の先が少し白くなっていますね。ほらここ。このまま切りましょうか」
「えっ、え~~!!」
「これなら切開で済みそうですから」
実は、手術をするとなると全身麻酔をかけます。
ご高齢なので術後は少し心配ですが云々という話をされていました。
兎に角先生にお任せしているのでと私は診察室を出て待機。
中から先生の「ごめんね、ちょっと痛いよ」という声も聞こえるし「痛い!」という母の声も聞こえてきます。
時間は15分か20分くらいだったと思います。

「終わりましたよ、中にどうぞ」と診察室から出てきた先生。
中に入ると「これが膿の一部です。固くなっていたところにこんなのがいっぱい詰まっていました」
続けて「膿の量が多かったので、あまり麻酔が効かなかったようです」
「えっ、え~~!!」
診察室を出て待合所で一息ついた母が、「痛かったわい、もう痛とおて奥歯にぐーーーっと力を入れて我慢したけど」
「入れ歯は外してなかったん?」
「入れ歯ははめたままじゃった」
「それで奥歯に力が入ったんじゃね、それは良かった」
そんなアクシデントが有ったものの、無事病棟へ。

「○○さん、こちらのお部屋ですよ」と通された部屋は4人部屋。
お手洗いはここです、呼び出しはこれですと説明を受け、荷物を車から降ろしていないのでお願いしますと断って部屋を出ました。
個室希望は出していたのですが、歯科なので(重病ではないという意味?)ご希望に添えるかどうかと言われていました。
荷物を取って病室に戻りながら、4人部屋では母のトイレはどうしたものか。
母も同室の人もあれでは・・・と思い、ダメもとでもう一度担当の看護師さんにお聞きしました。
「個室は空いてなかったんですよね?」
「個室希望でしたか、ちょっとお待ちください確認してみます」
暫く待っていると、「丁度一部屋空いていましたから移られますか?」
勿論移りますともということで何とか個室ゲット!
その後、コロナ禍で面会は出来ないこと、着替えや差し入れは詰め所で看護師さんに預ける事などの説明を受け、「私は病院で安心じゃけど、あんたは車気を付けて」という母の声をあとに、後ろ髪を引かれる思いで帰宅しました。

5月14日

ずっとご無沙汰していた朝の散歩を復活。
一週間の間にすっかり満開になった薔薇と、昔の少年探偵団のおじ様達が迎えてくれました。
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午後の面会時間に合わせて絞ったリンゴジュースを持って病院へ。

「面会は出来ないので、こちらでお預かりします」
「でも、高齢だし昨日入院したばかりで心配なのでちょっと覗くだけでも」
「皆さんお断りしていますので。それに丁度お風呂に入ってもらっていますから」
「早速お風呂まで、有難うございます。ちょっとだけ・・・」
病棟受付でそんな押し問答をしていると、「お母さんが昨夜寝付けないと言われて。寝る前に飲むお薬があるんですか?」と担当の看護師さんが。
「お薬入れに入れて、本人にも分かるようにしていますけど」
「探してみたんですが分からなくて、先生にお聞きしてこちらでお出ししました」
「ちょっと探してみます」
「ではこちらでお見舞いの申請書を書いてください」
看護師さんと病室に入り「これです」と毎晩服用している安定剤をお渡ししました。

暫く待っていると母が入浴を済ませて、二人の看護師さんと戻ってきました。
看護師さんたちが「出来るだけ短い時間でお願いします」と退室した後、「風呂上がりの一杯は美味しいやろ」とリンゴジュースを飲ませ、少しお喋りをし、昨日と同じ「私は病院で安心じゃけど、あんたは車気を付けて」を聞いて病室をあとにしました。
まずは1勝(笑)

つづく(まだ入院したところや(-_-;))

退院しました(パート1)

日記
05 /24 2021
顎の下あたりが真っ赤に腫れて痛いというので、いつもお世話になっている歯医者さんに、母を連れて行ったのが4月の24日。
レントゲンを撮ったあと、こちらではちょっと分からないので出来るだけ早く大きな病院で診てもらってくださいと言われました(-_-😉
松山日赤に通院記録があるので、そこの歯科に紹介状を書いて貰い、26日に受診しました。

「虫歯から雑菌が入って化膿しているのでしょう。歯茎が壊死しているところもありますね。出来たら手術をして治療するのが一番早いと思いますが、お年もお年ですから、しばらく様子を見て一か月後にまた来てください」ということになりました。
かかりつけ医からは化膿止めを頂いていたので、数日はそれで何となく改善しているような・・・いないような・・・

ゴールデンウィーク明けの5月6日。
「ここが痛い」と腫れているあたりを抑えながら辛そうな母。
かかりつけの歯科医院に「化膿止めでも頂けませんか?」と電話したところ、日赤で診てもらっているので、こちらでは薬は出しかねますという返事。
それではと日赤に電話。
「午前中の受付も終わっていて、午後に手術が一件ありますが待っていただけるなら来てもらっていいですよ」ということに。
再度診察をして「う~ん、やはり手術をして膿を出すのが一番いいのですが。そうなると一週間ほど入院していただくことに」
それを聞いて母が「私はベットが変わると寝られないのよ。入院は嫌」
「しばらく点滴で様子を見ますか?毎日なのでご家族が大変ではないですか?」
「私は大丈夫ですので点滴でお願いします」
とまあこんな調子で日赤通いが始まりました。
少し前までシニアカー(押し車)を自在に操っていた母ですが、コロナ禍で全く外出もしなくなり、すっかり足が衰えてしまいました。
今回、車椅子というものを初めて使用しました。
押すのは良いのですが乗り降りが結構大変で。
タクシーで通うと、正面玄関のあたりに整理の方やボランティアの方が待機しているのでお手伝いをお願い出来るのですが、車で行くと駐車場のエレベーター前にある車椅子を見つけて自分で乗せたり降ろしたりしないといけないので、これがなかなか~
空いているといいけど大抵は満車。
一台出庫すると一台入る。
他人様の車に接触しないように、ほかの車の邪魔にならないように、気を付けることは多々あります。
それでも「お母さん、外でこんなスピードで歩くことがないから楽しいやろ」
とか言いながら、わざとぴゅーっと押したりして楽しく通院していました。

有難いことに土日も早朝、8時半ならと診察していただき、一週間が経ちました。
12日の診察後「私が思ったほど点滴の効果が出ていないし、かなり膿も溜まってきていますがどうされますか?私は入院をお勧めします」と担当のお医者様が。
「先生の言う通りにします」と母。
溜まった膿が顎に重くぶら下がっているような不快感があったようで、思わぬ反応を見せた母(笑)

「冷やしてはないですよね?」と先生。
「いえ、冷やしていません・・・」と私。
実は6日の朝、母のベットの枕元に保存袋に入った豚バラが転がっていました。
「ナニコレ?」
「冷凍庫に何か冷やすものないかと思て」
保冷剤と間違えて顎に当てていたようです。
すっかり解凍されて、かつ温かい豚バラはその夜のおかずになりました(笑)


「それでは明日入院してください」
(明日? 明日~~)内心焦った私の心の声
そういう事情で5月13日の朝、我が家のサボテンとアマリリスに見送られて入院しました。
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つづく(まだ入院したところや(-_-;))

悦子

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